実践トレーニング | 「ファッション界のオスカー」とも称されるメットガラ（Met Gala）が今年も華やかに開催され、5月最初の週に世界の話題をさらいました。ルイ・ヴィトン（Louis Vuitton）、シャネル（CHANEL）、ヴァレンティノ（Valentino）など、名だたるラグジュアリーブランドが豪華なルックとセレブの共演でメディアを席巻しました。しかし、この眩い舞台の裏で、ファッション業界にはある深刻な懸念が広がっています。トランプ前大統領の強硬な関税政策により、LVMHやエルメス（Hermès）などのブランドはコストの急増とサプライチェーンの圧力に直面し、業界の困難はさらに深刻化しています。果たして投資家は、この危機の中に潜むチャンスを見出せるのでしょうか？ファッションブランドの未来は、栄光のレッドカーペットか、それともリスクが潜む分かれ道なのか──。
トランプ関税政策：ラグジュアリーとファストファッションへの挑戦
現在、トランプ政権はEUへの「相互関税」を90日間延期していますが、10%の「基準関税」はすでにヨーロッパからアメリカへのファッション製品の輸出に大きな影響を与えています。新たな関税政策が全面的に実施されれば、アメリカはヨーロッパの衣料品や革製品に20%の関税を、スイス製の腕時計には31%の関税を課す可能性があります。
さらに、5月2日以降、アメリカは中国からの小額荷物に対する免税措置（de minimis）を撤廃し、800ドル未満のすべての荷物に関税を課すことになりました。これはShein（シーイン）のようなファストファッションブランドにとって大打撃となり、運営コストの急増を招いています。
ファッションブランド：価格引き上げで利益を守る
ラグジュアリーブランドはグローバルなサプライチェーンとアメリカの消費市場に大きく依存しているため、トランプ政権の不安定な貿易政策による多重の影響を受けています。アメリカは世界最大のファッションおよびラグジュアリー商品の消費市場であり、ファストファッションやスポーツブランドにとっても重要な市場です。トランプの強硬な貿易政策により、中国からの輸入には54%、ベトナムからの輸入には46%の関税が課され、ブランド各社はコスト高と供給網の混乱に直面しています。
Joorの調査によれば、85%のファッションブランドが製品価格の引き上げを計画しており、追加コストの一部または全部を消費者に転嫁する意向です。
LVMHは直近の決算発表で、アメリカの関税対策として価格引き上げや管理費・マーケティング費の最適化により利益率を維持していくと明言しました。
高級路線を貫くエルメスは、5月1日からアメリカ市場の全製品価格を4%〜5%引き上げました。これは、通常の年間6%〜7%の価格調整に加えての措置であり、関税の影響を相殺するためです。
Sheinは「最近の世界的な貿易ルールと関税の変化」を理由に、4月24日から26日にかけてアメリカ市場での商品価格を約10%引き上げた一方、イギリス市場の価格は据え置いています。この対応からも、Sheinがアメリカ市場とその供給体制にどれほど依存しているかが見て取れます。
スポーツブランドも同様に影響を受けています。アメリカの靴業界団体（FDRA）は、ナイキ、アディダス、スケッチャーズなど76社と連名でホワイトハウスに書簡を提出し、靴に対する関税の免除を要請しました。FDRAは、子供用靴の税率がすでに20%〜37%に達しており、新たな関税が加われば業界全体の税率が150%〜220%に達する可能性があり、「数百の靴企業の倒産」や「全米での靴類の在庫不足」を招く恐れがあると警告しています。
新たな関税政策は、コストパフォーマンスを強みにしてきたSkechersも苦境に立たされました。世界第3位のスポーツシューズブランドである同社は、2025年5月5日、突然の非公開化（上場廃止）を発表。関税リスクへの対応を自由に行うための措置と市場では見られています。
3つの視点から見る：関税がファッション業界に与える影響
トランプの関税政策がファッション業界の将来にどのような影響を与えるのでしょうか？投資家が注目すべきは以下の3つのポイントです：
1. 消費需要：関税と不確実性が市場を圧迫
関税の影響で価格が上昇し、ラグジュアリーブランドの価格も引き上げられる中、消費者の購買意欲は減退。経済の不透明感や格差の拡大によって、中間層の消費力は低下し、非必需品の購買はさらに厳しくなると見られています。3月のアメリカの消費者信頼感指数は12年ぶりの低水準である65.2に下落し、非必需品の消費はさらに圧迫されると予想されています。アメリカは欧州ラグジュアリーブランドにとって最大の市場であり、その需要の落ち込みはフランスやイタリアのブランドに直撃しています。
トランプの関税政策発表後、LVMHは2025年第1四半期の業績を発表した最初のヨーロッパのラグジュアリーブランドであり、その業績は業界が関税の影響にどう対応しているかの先行指標とされています。2025年第一四半期の業績を最も早く発表したLVMHの結果は、業界全体のバロメーターとされました。売上高は前年同期比3%減の203億ユーロで、市場予想の2%増を大きく下回りました。中でも主力部門であるファッション＆レザーグッズの売上は5%減と、大きく落ち込んでいます。地域別では、欧州市場のみが2%成長した一方で、アメリカ市場は3%、アジア太平洋は11%、日本は1%の減少を記録しました。
これにより、LVMHの株価は8%急落し、一時的にエルメスがフランスのCAC40指数で時価総額トップの座を奪いました。
2. 供給コスト：グローバルサプライチェーンへの圧力
欧州のラグジュアリーブランドは「欧州生産・欧州品質」を強調するものの、実際の供給網はグローバル化が進んでいます。たとえばGucciやLVの一部素材やパーツはアジアで生産され、ヨーロッパで組み立て・ラベル付けされます。関税の引き上げは、ファッションブランドがアメリカに輸入する際のコストを大幅に増加させ、利益率を圧迫します。
関税リスクを軽減するため、ブランドはサプライチェーンの再編を検討しています。例えば、LVMHはアメリカ国内の生産能力を拡大する計画を立てていますが、産業の移転は複雑でコストが高く、労働力の質や産業のサポート体制など多くの要因を考慮する必要があります。LVのアメリカ・テキサス工場では、工芸レベルの不足により皮革の廃棄率が40%に達し、グローバル供給網の中でも最も非効率な拠点のひとつとされています。現在も依然として欧州が主要生産地である以上、関税上昇の影響は続きます。
3. 為替の変動：ドル安が業績の不確実性を拡大
グローバルに事業を展開するファッション業界では、為替の変動も大きなリスク要因です。製造・販売ともに複数の通貨が絡むため、ドル安はブランドの収益に直結します。ドル安はユーロ建て収益が中心のLVMHやエルメスには一見有利ですが、アメリカ市場に依存するSheinのような企業にとっては需要減少を招きます。
ウォーレン・バフェット氏も、「米国政府の財政政策はドルの価値を守るものではなく、むしろ損なうものだ」と警告を発し、「大幅に価値が下がると予想される通貨は持ちたくない」と語りました。ドルは依然として主要通貨であるものの、バフェット氏は投資対象を円など他通貨へとシフトしているようです。
2025年ファッション業界の展望：調整と分化の年
こうした関税の影響を考慮し、ウォール街はラグジュアリー業界の成長見通しを大幅に引き下げました。バーンスタインは、経済不安と景気後退懸念を背景に、業界の2025年売上見通しを「前年比5%増」から「前年比2%減」に下方修正しています。一部のブランド、たとえばLVMHやKeringは価格戦略で利益を守る動きも見せていますが、経済の先行きが見えない中では、富裕層でさえ支出を見直し始めています。
現在の経済状況と政策環境のもと、ラグジュアリー業界は本格的な調整期に突入する可能性があります。不確実性の長期化は市場の需要を冷やし、業界全体の回復をさらに難しくする要因となるでしょう。今後はラグジュアリー市場全体の需要が低迷し、業界内の競争が激化すると見られています。そこに新興ブランドの台頭も加わり、市場構造の分化が一層進む見込みです。業界全体にとって、またひとつ厳しい年になるかもしれません。代替品の拡大によって、従来のラグジュアリーブランドの市場シェアは徐々に浸食されており、一方でブランド側の製品開発力も鈍化。新商品の投入スピードやクオリティが消費を喚起するまでには至っていません。さらに、相次ぐ値上げにより、一部の消費者の不満が高まり、ブランドへの忠誠心にも影響が出はじめています。
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